【バハラーム5世】

 

サーサーン朝ペルシアの第15代君主(420–438)。父は第14代君主のヤズデギルド1世。

バフラーム5世はゴール(これは”野驢馬”の意味)の渾名で呼ばれていた、とイスラム史料は伝えているが、これは彼の狩での能力に因んでいるものだ。

               

彼の支配の初期、バフラームは多くの時間を狩、飲酒、女、に熱中して過ごし、国事が悩まされたとされている。 

            

421年の王位継承後、キリスト教徒への迫害が再開した。これはゾロアスター司祭の扇動によるものといわれている。多くのキリスト教徒がビザンツ帝国へと逃亡し、バフラームは彼らの引渡しを要求したが、

ローマ皇帝テオドシウ スがこれを拒否したため、戦争が開始された。しかし、バフラーム5世は、この一連の戦いに敗れてしまった。

 

ちなみにバフラーム5世は、ペルシアの詩人ニザーミーの叙事詩、七王妃物語(原名は「七人像」)に登場することでも知られる。

  "バフラーム5世が王子時代、ある宮殿で目にした7人の美女の肖像画に魅惑され、即位後7人の美女を王妃に迎え、七色の御殿にそれぞれ住まわせる。曜日ごとに各宮殿を訪れると、各王妃が出身地にまつわる興味深い話を聞かせて皇帝を楽しませる” という枠(わく)物語(一つの物語の中に複数の物語を含む小説形式)で構成されている。 ペルシア文学作品のなかでももっとも官能的な作品として知られ、巧みな比喩(ひゆ)、隠喩が自在に駆使されている。それぞれの王妃が語る物語は怪奇と幻想に満ち、濃艶(のうえん)、絢爛(けんらん)を極める。

 

この作品は中世以来ペルシア・ミニアチュールの絶好のテーマとしても名高い。