【インド・ヨーロッパ語族】
インド・ヨーロッパ語族の分布
インド・ヨーロッパ語族(インド・ヨーロッパごぞく)は、ヨーロッパから南アジア、北アジア、アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、オセアニアにかけて話者地域が広がる語族である。印欧語族(いんおうごぞく、いんのうごぞく)と略称される。この語族に属する言語を公用語としている国は100を超える。
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―[目次]―
[概説]
印欧語多言語表記の例:
上からガーンジー島語、英語、フランス語、オランダ語、ドイツ語
ドイツ語圏ではインド・ゲルマン諸語(ドイツ語: Indogermanische Sprachen)と呼ばれるが、これは移民・植民を除く同語族の土着の公用地がインド語派圏からゲルマン語派圏まで広がっていたと考えられていたためである。
大航海時代以降、特に近代以後には、南北アメリカ大陸やアフリカ、オセアニアにも話者が移住、使用地域を大きく広げた。この語族に属する主要な言語には英語(母語話者数:約5億1000万人)、ヒンディー語(約5億人)、スペイン語(約4億2000万人)、ポルトガル語(約2億1500万人)、ロシア語(約1億8000万人)、ドイツ語(約1億3000万人)、フランス語(約1億3000万人)、イタリア語(約6100万人)、ウルドゥー語(約6100万人)、ペルシア語(約4600万人)、ウクライナ語(約4500万人)などがある。
これら主要な言語の中には、国際語ないし専門語として使用されている例がある。英語は国際語、フランス語は外交用語、ドイツ語は医学用語、イタリア語は音楽用語といった具合である。国際連合の6つの公用語の内、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語の4言語がこの語族に属する言語である(残りの公用語は非印欧語の中国語とアラビア語)。
世界の主要な宗教においても、キリスト教・仏教・ヒンドゥー教はこの語族に属する言語を使用している。
インド・ヨーロッパ語族に属する言語は、以下の語派に分けられる。この項では現在死語となった言語も別に併記する。
なお、以下では死語を記号「+」で示す。
[語派]
アナトリア語派およびトカラ語派の二語群は全て死語だが、19世紀末までに印欧語族の比較言語学研究が完結しかけた後、20世紀初頭になって新たに発見され、その研究に新たな発見や疑問が追加された。たとえば両語群はケントゥム語群でありながら、東側に位置するという特徴を有している。
アナトリア語派
「アナトリア語派」も参照
ヒッタイト語派とも呼ばれる。古代西アジアで話されていた。インド・ヨーロッパ語族とは別の語族としたうえで、相互に関係があるとする説もある。発音や文字などにおいて、印欧語族に新たな発見を多数もたらした。
・ヒッタイト語+
・ルウィ語+
トカラ語派
「トカラ語派」も参照
トカー語、トハラ語とも呼ばれる。中央アジアのタリム盆地北縁地域で8世紀まで話された。
古代バルカン諸語
「古代バルカン諸語」も参照
・イリュリア語+
・リブルニア語 +
・メッサピア語+
・ミジアン語+
・ピアニア語+
・フリュギア語+
・トラキア語+
・ウェネティ語+
ヘレニック語派
「ヘレニック語(ギリシア語)派」も参照。
ヘレン語派とも呼ばれる。単独で1語派として扱われる。
・ギリシア祖語
・ミケーネ語
・古代ギリシア語
・コイネー
・中世ギリシア語
・現代ギリシア語
アルバニア語派
「アルバニア語」も参照
ケントゥム語群。イリュリア語派とも呼ばれる。単独で1語派として扱われる。
ケルト語派
「ケルト語派」も参照
ケントゥム語群。イタリック語派と類似点が多い。前1000年代には中部ヨーロッパに広く分布していたが、現在はブリターニュ地方、アイルランド島やブリテン島ウェールズ地方、スコットランド地方などのみである。近年、マン島語、コーンウォール語が復活している他、スコットランドゲール語もスコットランドの公文書で使用されるようになっている。
・ゲール諸語-ケルト祖語の[kw]をそのまま保っている諸語。このためQケルト語とも呼ばれる。
・アイルランド語
・マン島語(マンクス語、マン島ゲール語とも)
・スコットランド・ゲール語など
・ブリソン諸語-[kw]が合体して[p]に変わった諸語。このためPケルト語とも呼ばれる。
・ブルトン語
・ウェールズ語
・コーンウォール語(ケルノウ語とも)
・大陸ケルト諸語
・ガリア語+
・ルシタニア語+
・古代リグリア語+
イタリック語派
「イタリック語派」も参照
ケントゥム語群。原住地はイタリア半島中北部であったが、ローマ帝国の拡大とともにその公用語として勢力を拡大した。そこで特にラテン語から生じた(現用)言語群を「ロマンス諸語」という。
・オスク・ウンブリア語群+ -
ローマ帝国以前にイタリア半島中部に存在した。オスク語、ウンブリア語など
・ラテン・ファリスク語群+
・ファリスク語
・ラテン語
・ロマンス諸語 - 俗ラテン語から派生した諸言語
・東ラテン諸語 - 名詞の複数形を作るとき、母音を変える諸語。イタリア語、コルシカ語、ルーマニ
ア語、レト・ロマン語(ロマンシュ語、フリウリ語、ドロミテ語)、ダルマチア語 +など
・西ラテン諸語 - 名詞の複数形を作るとき、語尾に"-s"を付ける諸語。フランス語、サルデーニャ
語、アオスタ語、ワロン語、クレオール、オック語、カタルーニャ語、アストゥリアス語、アラゴ
ン語、スペイン語(カスティーリャ語)、ポルトガル語、ガリシア語、リグリア語
ゲルマン語派
ケントゥム語群。ヨーロッパ中北部が原郷。ゲルマン民族の大移動を経てロマンス諸語にも大きな影響を与えた。
・北ゲルマン語群(ノルド諸語、北欧諸語) - 古ノルド語 +
・東スカンディナヴィア語群 - デンマーク語、ノルウェー語(ブークモール)、スウェーデン語(フィ
ン・スウェーデン語)
・西スカンディナヴィア語群 - ノルウェー語(ニーノシュク)、アイスランド語、フェロー語、ノルン語
+
・西ゲルマン語群
・ドイツ語群
・低地ドイツ語 - オランダ語 (フラマン語)、アフリカーンス語
・高地ドイツ語 - ルクセンブルク語
・アングロ・フリジア語 - 英語(イングランド語)、スコットランド語、フリジア語
・東ゲルマン語群
+ - ゴート語、ヴァンダル語、ブルグント語など
バルト・スラヴ語派
「バルト・スラヴ語派」も参照。
サテム語群。東ヨーロッパに分布する。バルト語派は全体的に保守的で古い構造が残っている。
・バルト語派
・東バルト語群 - リトアニア語、ラトビア語
・西バルト語群 + - プロシア語など。現在ではすべて死語となっている。
・スラブ語派
・東スラヴ語群 - ロシア語、ベラルーシ語、ウクライナ語
・南スラヴ語群 - 古代教会スラヴ語
+、スロヴェニア語、セルボ・クロアチア語(セルビア語、クロアチ
ア語、ボスニア語、モンテネグロ語)、ブルガリア語、マケドニア語など
・西スラヴ語群 - ポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語、ポラーブ語+、カシューブ語、上ソルブ
インド・イラン語派
「インド・イラン語派」も参照。
サテム語群。西アジア~南アジアにかけて分布。インド語派とイラン語派は発見されているもっとも古い言語同士で意思疎通が可能なほど似通っており、まとめて扱われる。印欧語族の分類は一般に12語派程度で表現されるが、その場合ダルド語派とカーフィル語派を数えていない。
・インド語派 - サンスクリット語、プラークリット語、パーリ語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ベンガル
語、ネパール語など
・イラン語派 - アヴェスター語+、ペルシア語、パシュトー語、クルド語など
・ヌーリスターン語派 -
かつてはカーフィル語派と呼ばれた。ヒンドゥークシュ山脈山中に散在。ただし別の
語派として扱う説もある。
アルメニア語派
「アルメニア語」も参照。
サテム語群。単独で1語派として扱われる。
・古典アルメニア語
・中世アルメニア語
・現代アルメニア語 - 東アルメニア語、西アルメニア語
[ケントゥム語とサテム語]
「ケントゥム語とサテム語」も参照
印欧語族はケントゥム語とサテム語に大別されてきた。しかし現在ではこの区分は系統を反映しているか疑問視されている。ケントゥム語にはアナトリア語派、トカラ語派、ヘレニック語派、ゲルマン語派、ケルト語派、イタリック語派が属し、サテム語にはインド・イラン語派、バルト・スラブ語派、アルメニア語派、アルバニア語派が属す。
[印欧語族の歴史]
文法と簡略化
分化が始まった時点での印欧祖語は、多様な語形変化を持つ言語だったと想定されている。しかし時代が下り、言語の分化が大きくなると、各言語は概して複雑な語形変化を単純化させていった。
数
印欧祖語には文法的な数には単数と複数の他、対になっているものを表す「双数」(両数、対数とも呼ばれる)があったと考えられているが、のちの時代にはほとんどの言語で消滅した。現在でも双数を使うのはスロベニア語、ソルブ語、スコットランド・ゲール語、ウェールズ語、ブルトン語などごくわずかに過ぎない。
性
印欧祖語にあったと考えられる男性、女性、中性という3つの文法的な性の区別は、現代でも多くの言語に残るが、一部では変化している。例えば、ロマンス語派の大半やヒンディー語では男性と女性のみになり、北ゲルマン語派の大半やオランダ語では男性と女性が合流した「通性」と中性の二つの性が残っている。英語、ペルシア語、アルメニア語ではほぼ消滅した。
格
印欧祖語は、名詞・形容詞等の文法的な格として主格、対格、属格、与格、具格、奪格、処格、呼格の8つを区別していたと考えられている。紀元前のインド・ヨーロッパ諸語にはこれらを残す言語がいくつかあったが、後世には特に名詞・形容詞については概ね、区別される格の種類を減らしている。スラヴ諸語ではチェコ語やポーランド語の7格、ロシア語の6格など豊富な格変化を残す言語があり、ルーマニア語は5格、ドイツ語、アイスランド語では4つの格が残っているが、ヒンディー語などは2つの格を持つのみである。その他の言語では名詞・形容詞の格変化を失った言語が多い。多くのロマンス諸語は名詞・形容詞の格の区別を失っている。英語の名詞は主格と所有格(属格が意味限定的に変化したもの)を残すのみである。名詞や形容詞の格を退化させた言語も代名詞に関しては格を区別するものが多いが、ペルシア語のように代名詞についても格変化をほぼ失った言語もある。
印欧祖語は、主語・目的語・動詞の語順が優勢なSOV型言語だったと考えられており、古い時代のインド・ヨーロッパ諸語、例えばヒッタイト語、インド・イラン語派の古典諸言語、ラテン語ではその特徴が見られる。但し、後にSOV型以外の語順の言語も現れ、SOV型は印欧語に典型的な語順とまでは言えなくなっている。現代では言語により語順は様々だが、ヨーロッパでは主語・動詞・目的語の語順が優勢なSVO型言語が比較的多く、ドイツ語のように本質的にはSOV型でも一見SVO型のように見えるSOV- V2語順の言語もある。一方、中東やインドでは現在でもSOV型言語が多い。
分布と起源
クルガン仮説にもとづく印欧語族の拡散モデル
印欧語族の拡散と文化
所属は遺伝的関係によって決定され、すべてのメンバーが印欧祖語を共通の祖先に持つと推定される。インド・ヨーロッパ語族の下の語群・語派・分枝への所属を考えるときも遺伝は基準となるが、この場合にはインド・ヨーロッパ語族の他の語群から分化し共通の祖先を持つと考えられる言語内での共用イノベーションが定義の要素となる。たとえば、ゲルマン語派がインド・ヨーロッパ語族の分枝といえるのは、その構造と音韻論が、語派全体に適用できるルールの下で記述しうるためである。
インド・ヨーロッパ語族に属する諸言語の起源は印欧祖語であると考えられている。印欧祖語の分化と使用地域の拡散が始まったのは6,000年前とも8,000年前とも言われている。その祖地は5,000–6,000年前の黒海・カスピ海北方(現在のウクライナ)とするクルガン仮説と、8000–9500年前のアナトリア(現在のトルコ)とするアナトリア仮説があるが、言語的資料が増えた紀元前後の時代には、既にヨーロッパからアジアまで広く分布していた。
この広大な分布に加えてその歴史をみると、前18世紀ごろから興隆した小アジアのヒッタイト帝国の残したヒッタイト語楔形文字(楔形文字の一種)で書かれたヒッタイト語(アナトリア語派)の粘土板文書、驚くほど正確な伝承を誇るヴェーダ語(インド語派)による『リグ・ヴェーダ』、そして戦後解読された紀元前1400年‐紀元前1200年ごろのものと推定される線文字Bで綴られたミケーネ・ギリシャ語(ギリシア語派)のミュケナイ文書など、紀元前1000年をはるかに遡る資料から始まって、現在の英独仏露語などの、およそ3,500年ほどの長い伝統を有する。これほど地理的・歴史的に豊かな、しかも変化に富む資料をもつ語族はない。この恵まれた条件のもとに初めて19世紀に言語の系統を決める方法論が確立され、語族という概念が成立した。
インド・ヨーロッパ諸語は理論的に再建することのできる、一つのインド・ヨーロッパ共通基語もしくは印欧祖語と呼ばれる共通の祖先から分化したと考えられている。現在では互いに別個の言語であるが、歴史的にみれば互いに親族の関係にあり、それらは一族をなすと考えることができる。
これは言語学的な仮定である。一つの言語が先史時代にいくつもの語派に分化していったのか、その実際の過程を文献的に実証することはできない。資料的に見る限り、インド・ヨーロッパ語の各語派は歴史の始まりから、すでに歴史上に見られる位置にあって、それ以前の歴史への記憶はほとんど失われている。したがって共通基語から歴史の始まりに至る過程は、言語史的に推定するしか方法はない。
またギリシア北部からブルガリアに属する古代のトラキアにも若干の資料があるが、固有名詞以外にはその言語の内容は明らかでない。またイタリア半島にも、かつてはラテン語に代表されるイタリック語派の言語以外に、アドリア海沿いで別の言語が話されていた。なかでも南部のメッサピア語碑文は、地名などの固有名詞とともにイタリック語派とは認められず、かつてはここにイリュリア語派の名でよばれる一語派が想定されていた。しかし現在ではこの語派の独立性は積極的には認められない。
系統樹と年代
ニュージーランド・オークランド大学のラッセル・グレーと クェンティン・アトキンスン の言語年代学的研究によれば、インド・ヨーロッパ祖語は約8700 (7800–9800) 年前にヒッタイト語につながる言語と、その他の諸語派につながる言語に分かれたという結果が出て、アナトリア仮説が支持された。
グレーとアトキンスンは、この語族の87言語の基本単語2,449語について、相互間に共通語源を持つものがどれほどあるかを調べ、言語間の近縁関係を数値化し、言語の系統樹を作成した。この系統樹によれば、まずヒッタイトの言語が登場、その後、7,000年前までにギリシャ語を含むグループ、アルメニア語を含むグループが分かれ、5,000年前までに英語、ドイツ語、フランス語などにつながるグループができたという。
Gray & Atkinson 2003による、系統樹と、祖語の年代を以下に示す。年代の単位はBP(年前)。( ) 内はブートストラップ値(グループの確実さ)で、不確実な分岐も図示されていることに注意。とくにいくつかのブートストラップ値は50未満という低い数字となっており、系統分岐の仕方そのものが正しくない可能性を示している。また、死語のほとんど(トカラ語派とヒッタイト語以外)と一部の現存言語グループ(ダルド語派、カーフィル語派)が解析対象となっていない。また、この方法では2つ以上の言語の融合(例:プロト・スラヴ語ないしプロト・バルト=スラヴ語の、インド・イラン語派の諸言語の影響によるサテム語化)は正しく解析されない。そのため、ブートストラップ値次第では語派の祖語の年代は図の年代よりさらに古くも新しくもなりうる。
インド・ヨーロッパ語族 8,700 |
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ヒッタイト語(おそらくはそれを含むアナトリア語派)が最初に分岐したことがわかる。また、サテム諸語(バルト・スラヴ語派、インド・イラン語派、アルバニア語、アルメニア語)は一まとまりの言語系統ではない。
分子人類学的視点
インド・ヨーロッパ語族に属する諸言語話者の拡散はY染色体ハプログループR1b (Y染色体)およびハプログループR1aに対応する。R1bはヨーロッパ西部に高頻度であり、R1a系統はインド北部から中央アジアや東ヨーロッパに高頻度に分布している。R1bはケントゥム語、R1aはサテム語の担い手である。印欧祖語が話されたヤムナ文化の人骨からはハプログループR1b (Y染色体)が91.5%の高頻度で検出されているが、R1aは検出されていない。そのため、元来の印欧語族話者はR1bであり、ある時点でR1a集団が印欧語に言語交替を起したものと考えられ、その際にR1a集団の基層言語の特徴がサテム語の特徴として受け継がれたものと思われる。
[関連項目]
・インド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)
・印欧語源辞典
・サテム語派
・ケントゥム語派
・インド・ヨーロッパ語族の音韻法則
・グリムの法則
・アーリアン学説
・スキタイ
・先印欧語
・コーカソイド
・ハプログループR1a (Y染色体)
・ハプログループR1b (Y染色体)
・エスペラント - 人造語であるため、正確には印欧語族ではないが、単語の大半と文法構造を印欧語族、特に
ラテン語やフランス語などロマンス語派から借用しており、この点は特筆される。他に印欧語族をベースに
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