【9人の娘の伝説】

その昔、草木万物をつかさどる大地の神がいた。大山の神とも称し、彼には9人の娘がいた。彼は自分の仕事を継承する息子のいないことを残念に思っていたが、早く妻に先立たれたので、苦労して育てた娘たちを溺愛していた。そのため、楼閣庭園を立てて娘たちを一緒に住まわせ、外出の際は必ず大山の門に鍵をかけた。

 

娘たちはそんな父を誇りに思うとともに、その期待に添えないのが悔しくて、ある日、どうすればよいかを相談した。男と同じように仕事をするには楼閣を出る必要があるが、父はそれを許すはずがない。だいいち、大山の門の鍵をどうやつて開けるのか。末娘にあるアイディアがひらめいた。「誰かが蜂か蚊に化して父の体につき、鍵の開け方を学べばよい」と。その役割は長女が担うことになり、父が山川の視察に出かけるとき、蜂となってその肩に止まった。何度かそれを繰り返して鍵の開閉方法を呑み込んだ長女は、ある日、父が出かける前に門を開けて妹たちを連れ出し、蝶に化して飛び去った。

 

昼頃、娘たちが12の雪山の上空を飛んでいたとき、峡谷に病気や飢餓で倒れている人々の姿が見えた。清流や泉が毒気に汚染され、動物の死骸も散らばっている。倒れている老婆に事情を聞くと、「最近やってきた妖魔が、12の雪山とすべての渓流に毒を入れた」という。「大地の神はなにをしているの」と問うと、「何度も妖魔に敗れている」と老婆は答えた。

 

楼閣に戻った娘たちは、どうすればよいかを話し合った。末娘は以前、父から聞いたオジのことを思い出した。だが、その居場所は、石箱に入っている地図を見ないとわからない。彼女たちは父の外出の隙を狙って地図を盗み、9匹の龍に化して西に飛んで、苦難の末にオジに会えた。彼は、硬玉(こうぎょく)の刺繍針(ししゅうばり)を容れた筒と一連の緑色の宝石を娘たちに与えていった。「これは、お前たちの母親が作った万宝(ばんぽう)金針である。妖魔に遭ったら、筒に向かって母親の名をいえ。無数の金針が妖魔の目や心臓を突き利すだろう。それでも降伏しなければ、私の名を三度呼べ。きっと助けに行く。そのうえで、緑色の宝石を12の雪山に散布すれば、あたりの山水は青さを取り戻すだろう」

 

娘たちは12の雪山に戻り、それを使って妖魔と戦った。妖魔は地下の汚水を巻き上げ、耕地や家屋を押し流す。娘たちがオジの名を連呼すると、雷が鳴り、金色に輝く大鏡が洪水の前に立ちはだかった。洪水が退いたあとには血だらけの妖魔の首が大鏡の前にぶら下がり、12の雪山は明るさを取り戻して清々しくなった。そこへ娘たちを捜しにきた父が駆けつけ、ことのしだいを理解した。彼女たちはここに残って山川を再建したいと希望し、オジの口添えもあって、父は許した。娘たちが緑の宝石を12の雪山に撤(ま)くと、森林や河川はみな青々とよみがえり、湖沼は色づき、田畑には作物が育った。

 

伝承によれば、娘たちは現地の人々と親しくなり、それぞれ九人のチベット族の男子と結婚して九つのチベット族村落に住んだという。

 

これが九寨溝の名の由来である(雀丹捜集整理『神奇的九秦溝』より)。